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錯乱

「主文」 被告人を懲役2年に処する。この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。

「理由」 被告人は平成19年4月7日 午前9時20分頃、被告人が現在居住している東京都大田区の
      自宅マンション付近にて、当時6歳だった・・・・

 私はこの判決を聞き始めてから何かが止めどなく体全体を巡り始めたのを覚えた。そして何も考えられず
ただ、無我夢中で叫んでしまった。自分という立場も考えずに・・・

 「ちょっと待ってください。 何が懲役2年 執行猶予5年ですか」
 「人が、人が一人殺されているのに」
 「それなのになぜ、なぜ殺人者はこれからの人生をやり直せて、私の娘は無念の死を受け入れなければならないのですか」

 裁判長は木槌をならし「静粛に」と私に注意を促す。しかし従うどころかむしろ悲しみと怒りから何者も見えなくなり、何事も聞こえなくなってしまっていた。ただ被告人を見つめ殺意を右手にしっかりと握り、良心という心を左手で握りつぶしていた。・・・

平成18年9月
 「いってらっしゃい。」来年小学校に上がる娘が毎朝妻と一緒に私を仕事へと送り出してくれる。今日も愛妻弁当をバックに詰め通勤電車に揺らればがら裁判所へと出廷する。ここでは毎日何らかの罪を犯した人間が裁きを受けに訪れる。

 「おはようございます」。同僚が声をかけてきた。私と同じ裁判官である。この同僚は同じ年に司法試験を突破した31歳の気さくなおじさんといった感じだ。私より3歳年上だが話す内容と言っては大好きな麻雀の話ばかり。本人は楽しそうに私に話してくれるが朝から聞くこちらとしては少々厄介だ。なぜなら私はギャンブルに関わるようなことは一切しない。

 オフィスに入るとそこはさながら戦場だ。書記官が出たり入ったりの繰り返し、その中で担当する裁判の資料を閲覧したり作成したりと一日中休まる暇もない。だが我々が一か所でも手を抜けば裁かれる人間の一生を左右してしまう。相当のプレッシャーと責任を背負って業務に邁進している。だが裁く方も人間である為、弱い部分が表に出てしまい去っていく者も少なくない。

 「無差別殺人事件」 これから私が担当する事件だ。平成18年9月1日 14時20分頃 東京都在住のサラリーマン(26歳) が起こした事件だ。担当書記官から資料を受け取り一通り目を通す。

 平成18年9月1日 東京都 千代田区 在住 梨野尊(ナシノミコト) 26歳 が商店街を歩行中の
 女性(33歳)の胸を刃渡り14センチの刃物で刺し重傷を負わせた。
 更に刺された女性を介抱しようとした男性(28歳)の左太ももを刺し軽傷を負わせ、近くにいた
 女性(30歳)の腕を切りつけ重傷を負わせ、一緒にいた女性の娘(5歳)の頭を切りつけ殺害。
 3分後現場に駆け付けた5人の警官によって逮捕された。

 読んだだけでも正直吐き気がするぐらいの事件だ。だが自分が感傷に浸ってしまっては正当な判断がつかなくなりひいては加害者・被害者に感情という判決を下しかねない。あくまでも法の下の平等をしっかりと右手に握り、感情を左手で握りつぶして臨まなければ罪を裁くことができない。
私は良心に従い法の下に平等に裁くことをしっかりと心に留めた。

テーマ : 小説 - ジャンル : 小説・文学

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